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一瞬でも良い 同士に愉しんでもらえるならば。 そんな想いを集めたオトメイトブランド二次創作ブログです。
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27.傍の、 雪実 さま【遥華】
緋色の欠片 狗谷遼×春日珠紀




 




窓が一つある。余計なものが一切ない殺風景な部屋に唯一光を注いでくれる。それはカーテンを通して二人を照らす暖かな陽射し。思わず出そうになる欠伸。決して退屈なわけではない。誰に言い訳するわけでもなく懸命にそれを噛み殺し、本のページを一枚めくると時間差で同じ音がもう一つ。嬉しくなって【背もたれ】に寄りかかったら小さな咳払いが聞こえた。背中には暑すぎず冷たすぎない、大きくて安心する温もりがある。体重を少しかけたって揺るがないので、珠紀は遠慮せず身を預けていた。
二人きりになってどのくらい時間が経ったかなんて、気にしていない。ただ部屋の明るさが足りなくなってきても、動かなかった。だってまだ温かいし、日の傾きとともに部屋の色がほんのり茜に染まっていくのも嫌じゃない。不健康な若者二人組は、薄い座布団に数時間も座りっぱなし。言葉を話すという行為すら、ここには存在しないかのように静かに本に没頭していた。余計なことはべらべらしゃべる人だけど、もともとおしゃべりじゃない彼に引きずられているのだろうか。こんな時間を過ごしているとそう思うこともある。それでも彼が時折小さく唸っているのを聴くと安心して、珠紀も手元の本に集中してしまう。自分達の有り方を不思議に思うこと自体が今更だった。

突然、コーヒーじゃなくて、甘いものが飲みたい。不意に珠紀は思い立つ。すっかり冷めてしまっただろう盆の上にあるマグカップの中身。だけど、動きたくない。飲みたい、面倒くさい。二つの我が侭を行ったり来たり。自分勝手に迷っていると、つい気になるのは背中にいる彼のこと。何か飲みたいものがあるだろうか。でもそれを確認するのも、億劫で。身体どころか、口さえも動かさない。彼の家だから、彼に頼もうかとも思ったけれどそうじゃない。ただこの背中から離れがたくて、居心地の良さを壊してしまうのがもったいない、に尽きる。無意識に背中を離さず珠紀が動くと、彼も動く。くすぐったいのか、小さくもぞもぞ。

「おい」
「ん?」
「何か、用かよ」
「あーえっと……背中痒くて」
「お前なぁ……」
「遼も痒かったらどうぞ」
「……お前って時々、わかんねぇ」
「そう?」
「自覚ねぇのかよ……まあ、お前らしいけどな」

本を読みはじめて、本日最初の会話かもしれない。ぼんやりそんなことを思った。あと口寂しいとも。今日はクッキーを焼いて持ってきてたんだっけ、と本から目を離さずに手だけを右横に。そのままクッキーを目指していくと、軽く手の甲がこつんと、触れる。

「あ、ごめん」
「ん、……ああ」
「そうだ今日の夕飯、スペアリブと酢豚どっちがいい?」
「……すぺあ、…………なんだそれ?」
「うん、わかった。私に任せて。あとで買い物付き合ってね、遼」
「……おう」

大きな手は菓子皿の横のマグカップを探って持ち上げる。珠紀の小さな手は、クッキーを一枚つまみあげた。コーヒーを啜る音と、クッキーをかじる音、それらが一定間隔にさせている紙擦れと一緒になって日当たりのいい部屋に馴染んでいく。甘い睦言も艶っぽい触れ合いがない時だって、二人で創る空間が互いを上手に繋いでくれているよう。恋人にも友人にも、空気にもなれる。そんなイメージ。珠紀は美味しいスペアリブの作り方を。彼は珍しく少し昔の遠い異国の物語を。世界を違えながらも、意識の端っこでお互いを感じている。ひとりじゃ、ダメ。ふたりじゃないとダメ。
そうじゃないと静寂に窒息してしまうから。

本のページをめくる音がする。珠紀もまた一ページ送る。
今日もこうして彼の傍らでそっと息をしている。

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